宮古の学ぶ防災ガイドをお願いしました。田老で、防潮堤や、震災遺構として整備された旧・観光ホテル(津波遺構たろう観光ホテル)の説明を聞いています。何より、以前の街の中心地に完成した野球場(愛称「キット、サクラサク野球場」:ネスレ日本の支援)が、新しい街の象徴とも言えそうです。
今年のゼミ生とともに回る被災地の旅、スタート地点は宮古です。ちょうど7年半が経つタイミングでの訪問でしたが、「東京では報道されない」岩手が目の前に広がります。
写真はJR山田線の現在の終点・宮古駅。自宅から東京経由・新幹線乗り継ぎで7時間弱。この遠さをまず実感することが大切だと思います。
恒例の現地集中講義である「沖縄ジャーナリズム論」が始まりました。今年の特徴は、伊江島視察。写真は、その一コマです。ヌチドゥタカラの家、団結道場、飛行場跡、公益質屋跡のほか、ピュリツァー賞記者であり沖縄戦で亡くなったアーニー・パイルの碑、ニャティヤ洞、湧出(わじぃー)などを巡り、話を聞きました。