能登をゆく⑥ 原発


北陸電力の志賀原発は敷地内のメディア視察を一切拒否したままで、中で何が起こっているかは霧の中です。もともと震災前から、内部への取材は認めていなかったようです。志賀町は今回の地震で最大震度7を記録した場所でもありますが、原発のすぐ脇にはダイワハウスが開発したという別荘地が続いていて、高級車が並んでいました。

能登半島には30年前、もう1つの原発計画がありました。珠洲原発です。その建設予定地だった半島の先端・高屋地区は今回の地震の震央でもあり、「万が一」を考えると空恐ろしくなります。まだアクセス道路も仮復旧の状況で、海岸線は大きく隆起していました。それでも約30人が地区に残って生活をされています。住民運動の中心だったお寺も倒壊していました。地区入り口の反対住民の「見張り小屋」があったのは、バス停から見て右手奥の家屋でしょうか。